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新大阪駅でのオフ会 [大阪]

鳴門のうず潮を見終わった後は、神戸にまっすぐ帰ります。
カーナビによると、神戸のレンタカー屋さんに到着予定時間は12時。返却時間も12時。途中でガソリンもいれなくちゃいけないから、これだと間に合いません。軽自動車なのに高速を飛ばして(もちろんスピードの出し過ぎはダメダメ)、淡路島をひたすら縦断!!

神戸に近づいてくると渋滞情報が出たので、高速を降りて走ったのですが、わりと一方通行マジックにかかりましたねw
それでも11時50分にレンタカーを無事に返しました。お疲れ様!!

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相方くんと一緒に阪急電車に乗り込みます。カレは途中駅で降りて仕事場へ向かいました。お仕事頑張ってねー!
わたしは終点の梅田で降りましたよー。東京行きの新幹線が出るまでの3時間、女子会に参加なんだもん!

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ちぃさん、くつしたにゃんさんと1年半ぶりの再会。
酔っ払ってもちゃんと帰れるように新大阪駅直結の駅ビル「アルデ新大阪」で飲みました。

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パシオン・エ・ナチュールというワインのお店にしたので、心置きなく昼飲みが出来ます^^

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かんぱーい!
ランチを食べながらクイクイワインを飲んで、会話は止まりませんw

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次回いつ会えるのか分からないから、とにかく喋りまくりました。それでも話題にし損ねた話がたくさんあったよー(笑)

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良い気分で酔っ払い、東京行きの新幹線に乗ってから名古屋まで爆睡していて、わたしの記憶はありません。京都、停まったんだろうか??(笑)
ギュウギュウに詰め込んだ旅行になりましたが、楽しかったです。

今回買ってきたお土産はコレ。まずは行きの飛行機、機内販売で買ったヴェレダのボディケアセット。ヴェレダは愛用していて、かなりお得な値段だったの。相方くんにバレンタインのお返しとして買って貰いました♪

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淡路島で買ったオニオンジャムとタマネギ入りのバーニャカウダソース。
こんな瓶ものばっかり買って持ち歩いていたから筋肉痛になったんだよね(笑)

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くつしたにゃんさんからは、おつまみセット。新幹線の中では寝ちゃったので、家に帰ってから食べました(笑)

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ちぃさんからは、かぶら寿しを貰ったよ。これ美味しいねー!ファンになりました。

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あと住吉大社の招き猫^^
うちの子たちの仲間入りです♪

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二人ともありがとうございます^^

あとはホテルで買って送ったタマネギ。もみじという品種のようです。

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無水調理したよ。スープはトマトとタマネギから出たものだよ。
ささみも入れてニンニクとオリーブオイル、青海苔で味付けしてます。

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あとは定番のカレー!
辛口を買ったのにタマネギがたっぷりなのでまろやかなカレーになりました(笑)

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そのほか、味噌汁にしたりサラダにしたりタマネギを堪能したよ。

*******
これにて淡路旅行記終了です。
長々とおつきあいありがとうございましたー!

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四天王寺はお寺なのか? [大阪]

四天王寺は、ずっとずっと来たかったお寺です。
20 代の頃に夢中で読んだ梅原猛。そのなかの有名な著書「隠された十字架」で、聖徳太子は怨霊になり、法隆寺は怨霊を鎮めるために建てられたという考えを知りました。

確かに不思議だったのです。
聖徳太子は父も母も蘇我氏の血筋なのに、何故に聖徳太子の子孫は蘇我氏によって滅ぼされたのか。古代では権力争いで兄弟や子供も殺すことはあるけど、子孫すべてを殺すのはチョット異常じゃない?

そして四天王寺に鳥居があるのは何故?

どーん

今の時代の私たちなら、仏教が日本に入ってきて、やがて日本の神様と習合したことを知っているので、お寺を守るための神社が存在して、お寺の境内に神社があることもさほど不思議ではないよね。
でも四天王寺は聖徳太子が建立した、日本仏法最初の官寺。これから仏教を広めるぞってときに、こんな大きな鳥居を立てたのは何故?

本堂と五重塔

この鳥居、現在のは鎌倉時代に建てられたもののようですが、鳥居そのものは四天王寺が創建された当時からあったんだそうです。木造の鳥居だったと、確かに四天王寺のパンフレットにも記載されてました。
じつは四天王寺は寺ではないのではないか?という本を読んでしまったので、好奇心を刺激されたのでした^^

まずは金堂にお参りです。
一般に云われている四天王寺創建の由来は、排仏派の物部氏との戦いの時、形勢が不利だった蘇我氏一派の聖徳太子は「もしこの戦いに勝てたら四天王を安置する寺院を建立する」と願ったのだそうです。するとその願いは叶い、蘇我氏の勝利。

おじゃまします

仏教界では、さほど位の高くない四天王を安置するのは不思議だ。これから仏教を広めるなら、如来に祈るのが自然ではないか?と疑問を持っている本もありました。まぁ、わたしは戦ってるのだから四天王でも良いんじゃないかな?と思ったのですが・・・

金堂の中に安置されていた四天王。とても戦いの姿じゃないの!
そうか、わたしが思い描く四天王像は、鎌倉時代の運慶が作った筋骨隆々の四天王像。でもこの時代は飛鳥時代。ご本尊の救世観世音菩薩を囲むように立つ四天王は、学者風の穏やかな表情でビックリしました。
(あとで調べてみたら現在の四天王像は明治生まれの松久朋琳の作なんだとか。でもパンフレットによると、金堂そのものも、推古天皇元年の創建当初の姿で再現と書いてあるので、像も当時と掛け離れた姿にはなっていないと思う)

写真がないのが残念

カルチャーショックを受けつつも、五重塔に向かいます。どうやら中に入れるようなので何気なく入ったら、最上階まで細い螺旋階段が続いてました。この上り下りでガクガクになった足が、旅行中に筋肉痛になり、旅先で階段を上るたびに「ひーーー」と叫ぶハメになったのでした(笑)

宝物館も勿論入ります。
現在は鐘堂の改修工事がおこなわれていて、鐘堂に関する資料なども展示されていました。そして四天王寺で来たかった場所が、この宝物館の隣にあるのです。

じゃじゃーん

その名も、牛王尊。
京都に住んでる人だとピンと来る人も多いのではないかしら。牛王と言えば牛頭天王。祇園信仰の対象、スサノオノミコトと同一視されてる神です。

来たかったの!

この牛王尊。四天王寺で一番重要な神と言われていて、この牛神様をおろそかにすると、四天王寺は滅ぶと言われているそうな。まるで法隆寺の夢殿にある救世観音菩薩立像みたい!って思っちゃった。夢殿の救世観音菩薩立像の場合は、絶対秘仏で封印を解くと天罰が下ると言われていたんだけどね。(明治時代にフェノロサによって解かれたけど)

牛王尊はスサノオ。スサノオはアマテラスの弟。黄泉の国から帰ってきたイザナギが禊ぎをして生まれた神様。お寺なのに、まだ神仏習合前の時代なのにお寺の中でスサノオが大事にされているのは何故?

それからこの四天王寺が建っている土地。
ここは荒陵(アラハカ)と言われた場所。じつは物部氏の領地だったのでした。ちなみに、蘇我氏に滅ぼされた物部氏の生き残りは各地に散っていったんだけど、東北に逃げた物部氏たちはそこで勢力をつけるのだ。まさに朝廷からすると鬼門の方角。物部氏たちは「鬼」と呼ばれ、アラハバキになった・・・という説もあって面白いの(笑)

四天王寺と聖徳太子に見え隠れする物部氏や神の存在。
いろいろと謎を実感したので、四天王寺をあとにします。
これから続く丹後半島の旅で、聖徳太子に絡む神社が出てきますよー。

四天王寺境内には物部守屋を祀った祠もあったのに、行くの忘れた (T^T
殺された物部守屋が祀られているのが神社様式だって書いてあったから見なくちゃって思っていたんだけど・・・予習していったのは良いけど、清書して頭にまとめる時間が無かったからスッポリ抜けていたわ。悔しい。。。

四天王寺を出るときに「猫がいます」みたいな看板を発見。
そこには一つの建物が・・・え?どこが猫?

これ

よーく見ると、確かに居ました。眠り猫!
日光東照宮のような猫ちゃん発見^^

ぼやーん

この裏にはスズメも彫られているのかしら?(笑)
癒されて四天王寺を出ました^^

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現在では、聖徳太子は架空の人物だったという説もありますが、この旅では、のちに「聖徳太子」と呼ばれるようになった人物が実在したということを前提に記事を進めますね^^
いろんな説があるなかの一つとしてお楽しみください。

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住吉大社は荘厳でした [大阪]

ここは大阪、住吉大社。
全国にある住吉神社の総本社。大阪に行く機会があったら是非とも訪れたい場所のひとつでした。今回は神様のお話なので興味のない人はスルーしてね^^

嬉しい

国宝の本殿は 4 棟あるのですが、並び方がとても変わっているのです。
境内に入ると、とても清々しい空気を感じます。あー、素敵なところだなあ。

美しい

天気も良くて、主祭神たちに歓迎されてる気分になったよ^^

美しい

ここに祀られている主祭神は四柱おります。
むかしむかし、イザナギとイザナミふたりの神様が居ました。二人の間にはたくさんの神様が生まれたけど、火の神を産んだときにイザナミは死んでしまいました。
イザナギは悲しんで、黄泉の国に妻を迎えに行ったのですが、イザナミはもう黄泉の国の食べ物を食べてしまったので、蛆だらけ。イザナギは必死に逃げて黄泉の国から帰ってきました。

そのときに穢れを受けてしまったので禊ぎをします。
禊ぎをしたときにイザナギからは、これまたたくさんの神様が誕生します。アマテラスや、スサノオなんかも、そのときに誕生しているよ。

海の神様たち(わだつみ)と一緒に誕生したのが、三柱の神様。
それが住吉大社のご祭神です。

底筒男命 (そこつつの おのみこと)
中筒男命 (なかつつの おのみこと)
表筒男命 (うわつつの おのみこと)

舌を噛みそうな名前だけどねww
そしてもうひとり、実在の女性がご祭神として加わります。その名は神功(じんぐう)皇后。

住吉三神 (住吉大神という) の加護を受け、新羅遠征に赴いた女傑。第十四代の仲哀天皇の奥様です。とある神託に従わず、急死してしまった夫のかわりに、妊婦だったにも関わらず筑紫から玄界灘を渡り朝鮮半島に出兵しました。そして無事に帰国。そのときお腹のなかにいた赤ちゃんが応神天皇です。

神功皇后は住吉大神に感謝し、この地に祀り、そして自分も此処に祀られることになったのでした・・・というのが一般的な由来です。

まずはご挨拶をしなくちゃね。
住吉大社の手水舎はウサギさんなのです。写真はちょっと見づらくなってしまったね。
神功皇后が住吉大神を祀ったのが、辛卯の年(211)の卯月・卯日だとされているからなのです。

ウサギちゃん

失礼のないように門をくぐるよー。

おじゃまします

思わず「わー」と声を出してしまいました。
本当に素敵な本殿です。檜皮葺 (ひわだぶき) で切妻造りの屋根が美しい。本殿の構造は住吉造と言います。神明造&大社造と並んで日本最古の神社建築様式だよ。

いいねー

こういう神社の建物好きだなあ~。アニミスムの頃の神道では本殿は存在してなかったけど、こうやって人間によって造られた神様を祀る本殿、好きです。

どうですか

ちなみに、本殿4棟はこんなふうに並んでいます。第一から第三までは直列、そして第三と第四が並列に並ぶ珍しい配置なのだ。すべて西 (大阪湾) 向き。当時は住吉大社ぎりぎりのところまで海だったんだよ。

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【上記地図は、住吉大社のHPより】

「はじめまして。神様のこといろいろ調べさせてください」とご挨拶。ついでに、お礼参りに来られないから、いつもは旅先で神様に願い事はしないのだけど、翌日の天気予報が雨だったので「この旅行が楽しいものになりますように」とお願いしちゃいました。おかげで所々曇りだったけど、傘が必要なかったのは住吉大神のおかげか、はたまたいつもの晴れ女(稲荷神のご加護)だったからなのか、それは謎ですw

さて。本殿のこの配置。オリオン座の三つ星だという説があります。
その根拠が、もともと此処の地域一帯をおさめていた「津守」という一族が海人族だったから。しかも、長い航海をすることが出来る航海技術を持っていた一族。星を読んで方角を知ることができる一族だからです。

住吉大神の名前に「筒」というのがあるけど、これは古来「星」という意味を表したと言われてます。ちなみに、神功皇后の「自分も住吉大神とともに祀られたい」という願いを叶えたのが津守氏(津守宿禰)なのでした。津守氏は住吉大社の奉斎氏族です。

どうして津守一族は自分たちの土地を住吉大社のために献上したのかなぁ。神功皇后は何故ここに住吉大社を築こうとしたのかなぁ。出雲の国譲りや伊勢神宮のときもそうだけど、はじめから天皇一族の土地というのは無くて(高天原からの天孫降臨だから当然なんだけど)、必ず土着の一族から土地を献上されてるよね。献上したのか、献上させられたのか、というのを考えるのが楽しくて好き(笑)

「筒」=「星」= 朝廷に嫌われていた海神、不吉、という意味もあります。
「つつがなく」という言葉は「筒がなく」が語源という説もあるよ。

この土地は海の近く。航海に出るにはもってこいの場所。いろいろありそうです ^m^
ちなみに遣唐使船は一貫して住吉の津(港)から出港・入港していて、659年には住吉大社の神主である津守連吉祥も副使として乗り込んでるよ。

本殿の並びはオリオン座の他に、船が出航するときの配置を模したものだという説もあります。

この住吉大社の境内に摂社として、津守一族の氏神さまを祀る神社があるので、そっちにも参拝します。その前に、境内のウサギさんをなでなで。悪いところを撫でると良いそうなので、頭をしっかり撫でました。賢くなりますように!

なでなでーー

向かったのは「大海(たいかい)神社」です。

来たかったのです

場所はここ ↓ になります。

地図

大海神社の現在のご祭神は、豊玉彦命 (とよたまひこの みこと) と、豊玉姫命 (とよたまひめの みこと) です。津守氏人神。

どうしても訪れたかった大海神社。とっても静かな空間で気に入りました。
豊玉姫命と言えば、古事記の「山幸彦&海幸彦」に出てくる海の神様。このへんの神話も人間くさくて面白いです。

境内には可愛い参拝客が訪れた痕跡がありますよ。
ほら。

猫の足跡

乾ききる前のコンクリートに足を付けちゃって、猫ちゃんはビックリしただろうなあ(笑)
大きい足跡と小さい足跡。親子だったのかもしれないねww

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仲哀天皇が急死する要因になった神託のことや、身重だった神功皇后のことを書くとブログが終わらないので割愛します(笑)
興味があったら調べてみてね^^

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