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平泉:中尊寺・金色堂 [岩手]

平泉旅行の続きです。
文化遺産センターの次に到着したのが、メインイベントの中尊寺。

中尊寺境内に向かう途中、またまた蓮が咲いていました。
この蓮が、泰衡の棺に入っていた蓮の種から育ったものだそうです。

ここの蓮の種から、他のところへ広がったのね

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まずは国宝・重要文化財3000点以上を所蔵している、
讃衡蔵( さんこうぞう ) に入ります。
「さーっと見たら3分で出てこられますが、15分とりますね」と、ガイドさん。

そうなんだ~と思って入ったら・・・
どこをどうやったら3分で出てこられるのでしょうか!!!
15分どころか最低でも30分は時間が欲しいじゃないですか!!!!

立派な阿弥陀如来、薬師如来像はあるし、千手観音も美しい。
そしてなんと言っても中尊寺経。
これは紺の紙に金の文字、銀の文字を一行ずつ高書したお経。
本当に見事なまでの芸術品だと思いました。

同じく金字でお経が書かれていて、それが遠くから見ると
五重塔の形になる掛け軸もありました。
もっともっとじっくり見ていたかったのに、15分じゃ足りないよぉぉぉぉ(ToT

後ろ髪を引かれつつ、今度は金色堂です。

金色堂を覆っている覆い堂

中央の須弥壇の中には、藤原氏初代の清衡公、
向かって左には二代基衡公、そして右が三代秀衡公のご遺体と
四代泰衡公の首級が今も納められています。

前九年・後三年という長い戦乱の時代を生きた初代清衡公。
本当に多くの命を奪い、奪われたんだと思います。
その人たちの霊をなぐさめるために造営した中尊寺。

そして多くの命を奪ってしまった自分の死後を本当に畏れていたのかもしれません。
ここまで見事な金色のお堂。
当時、極楽浄土は黄金に光り輝いていると云われていたからこそ
ここまで金にこだわったんだな。

地蔵菩薩まで配して、すべての死者を弔い、そして自分のことも
守って貰いたかったのかもなーと思います。

そんなことを思う時間が、実際にはありませんでした(笑)
旅行前にいろんな本を読みあさって、そう思った印象を確かめるために入った金色堂。
でも金色堂内に流れる説明が終わると、あれよあれよというまに外に出されて
じっくり金色堂の須弥壇は見られませんでした。残念。

今度訪れる機会があったら、じーーーーっくり見てみたいです。

境内にもたくさんのお堂や碑などがありました。
写真に収めるのが精一杯で、じっくり堪能することは出来ませんでした。

藤原氏滅亡後訪れた松尾芭蕉。
たくさんの句をのこしたよね。

松尾芭蕉碑

実際この地に立ってみると、それらの句がすんなり心に入ってきます。

こちらは、旧覆堂。
現在、金色堂を覆っているコンクリート製の覆堂が出来る前は、この覆堂が
もともと野ざらしだった金色堂を覆って風雪などから守っていました。

松尾芭蕉はこっちをみたのかな

なかはこんな感じ。

覆堂内です

そして、中尊寺本堂。

参拝したけど、ゆっくりお話出来なかったな

此処を参拝したら、もうバスに戻らなくちゃいけません。
バスガイドさんに「お香だけ買って来ます!」と声を掛けて、
ダッシュで買いました。

1000円でございます

ゆずへのお土産(^-^)
でも帰宅後、実家の仏壇にもこのお香を焚きました。
人間のご先祖さまにも中尊寺の香りをお裾分けです(笑)

帰りは杉並木を下っていきます。
森林浴をしている感じで気持ちよい。

花粉の時期じゃなくて良かったね

そして、ガイドさんが教えてくれたこの小山。

安らかに眠って下さい

頼朝に追われた義経が、この山に戻り、
ここに隠れていた妻と自分の子供を殺めて、自害した場所。
本当にこのあたりは、「兵どもが夢のあと」を感じるところでした。

バスは出発。
次は民話と伝説の里、遠野を目指すのでした。

良い景色です

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